ゴミ屑リーマンキョンが誕生するまで~最終編~
こんにちは、貧乏リーマンのキョンです。少し間が空きましたが、今回はゴミ屑リーマンキョンが誕生するまで~最終編~です。
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気が付けば僕も25歳。社会人になってから3年が経った。3年前、大阪での研修を終えた僕は東京の部署に配属された。
配属されてから1年くらいは本当に辛かった。覚えることが多過ぎるし、理不尽なことで怒られることも多い。
結構残業もしていた。毎月60時間くらいだろうか?
まあ世の中を見れば100時間も200時間も残業しているような人もいるし、残業代も全て支給されていたのでこれに関して不満はなかった。
3年目くらいになると、一通り仕事も覚え、後輩もできた。
一方で、プライベートでは以前にも増してギャンブル、風俗にのめり込んでいた。
平日に打つことが不可能になった僕は、土日の全てをスロットに費やしていた。
都内で1人暮らしをしていたので、その日に来店イベントや強い日の店を予めリサーチし、朝から設定を狙いに行くというスタイルだ。
こんなことばかりしていたからか、サイトの店内写真などに載ることもしばしばあった。親が見たらどう思うだろうか?
さらに、運がいいのか悪いのかわからないが、僕が住んでいたアパートの近くには、日本屈指の風俗街が立ち並んでいた。
大阪で付き合ったサキちゃんとは、結局1年くらいで別れることになり、それ以来僕は彼女がいなかった。
再び負の連鎖が始まったのだ。朝からスロットを打ち続け、たばこの臭いが染みついた服を身にまとい、風俗街へと向かう。
勝った時はいいが、僕は負けても通っていた。1日で8万負けた後に、90分3万のソープへ行ったこともあった。
僕はとっくに正常な人間の感覚を完全に失っていたのだ。
そんな生活を3年近く続け、気が付くとお金が尽きた。以前よりも勝てなくなったというのと、収入よりも、ギャンブル、風俗に費やすお金の方が遥かに上回っていた。
あまり計算したことは無いが、風俗も含めると、この3年で400万近くやられたんじゃないだろうか?入社からコツコツ貯金していた150万にも手を出し、それも今では残り半分だ。
この時期から、自分のことを見つめ直す機会が少しだけ増えた。スロットを覚えたあの日から8年間、俺の人生は何だったんだろうと。
もちろん多少なりとも楽しいことはあった。大学に入って友達ができたこと、失恋したこと、社会人になって見知らぬ土地で1人暮らしをしたり、彼女ができたりしたこと。
だが、どれだけ綺麗な記憶を思い出そうとしても、ギャンブルをやり続けた記憶が大き過ぎて、毎回邪魔をされる。
8年間続けたギャンブルから得たものは何もない。多くのお金と時間を失っただけだ。
ギャンブルに費やしたお金で50回くらい海外旅行にも行けただろうし、高級外車くらいなら買えただろう。
ギャンブルに費やした時間を全て合わせれば、何十個も資格が取れただろう。
しいて言うならば、得たものはギャンブル依存症の怖さを知ったことくらいだろうか?
1度ギャンブル依存症になると、1人で克服することはほぼ不可能だ。
どれだけ負けて、「もう引退だ。」と思ったところで、寝て次の日になれば昨日のことなんか忘れて、再びパチンコ屋へと向かう。「今日は勝てる、と。」
ギャンブル依存症の脳は、負けた時の記憶よりも勝った時の記憶の方が鮮明に覚えている。
また、1度ギャンブル依存症になると、だんだん他のことに興味が無くなってくる。人間関係、社会情勢、自分の会社のこと、自分の人生のこと、趣味。
薄暗いホールで煙草を咥え、永遠とボタンとレバーを叩き続けることにしか価値を見い出せなっていくのだ。
これは本人が悪いわけじゃない。遊技機を作っている連中は本物のプロ集団だ。人間の脳の構造を把握し、いかにすれば人間の射幸心を最大まで煽り、依存させられるかを全て知っている。
音、演出、色などありとあらゆる手段を講じて作られた遊技機を、普段我々は無意識に触っている。そして意識のうちにギャンブル依存症へと陥っていく。
僕は30歳になっても同じことをしている自分を想像して、恐怖を覚えた。だから少しずつでいいから自分の人生を変えていきたい。
もう手遅れかもしれないが、何もしないよりはマシだ。
気が付くと僕はブログを始めていた。こうした自分の過去を書いていくことで自分への戒めにもなるし、今こうやって書いている時間も結構楽しい。
別に収益なんてなくてもいい。ブログを書き続けることに熱中してギャンブル依存症を克服することができたら、それだけで大成功だ。
2020年5月8日現在、パチンコ屋に入らなくなって今日でちょうど1ヵ月。新記録だ。コロナの影響もあるが、その気になれば空いているパチンコ屋を探して今から行くことだってできる。
だが、今僕はそうしようとは思わない。自粛中とかそういう話ではなく、純粋にギャンブルよりもブログを書くことを選んでいる。
少人数ではあるが、このブログを見てくれている人もいるみたいだ。そんな人たちのためにも僕も少しずつ頑張っていけたらと思う。